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2014'05.12 (Mon)

佐々木ひでをさんと、やっちゃん

筆を口にくわえて絵を描く人がいる。
わざわざ何でぇ? 特技?
まぁ、特技っちゃあ特技ですが、、、
その人は頚髄損傷で手足が不自由、残された機能が口。
絵を描く手段が口しかなかったから。

口筆画家として有名なのが星野富弘さん。
本や画集も出版し、確か美術館もある。
僕が怪我(頚髄損傷)をして間もない頃、母親が星野さんの「愛、深き淵より」を読んでいたのを覚えている。
怪我をしてすぐ、両親は医者に言われたんだろう。息子は一生車いす生活だと。
どんな気持ちで読んでいたんだろうと思うと心が痛む。
でもそのころ、僕は完治する、必ず復活するってことを疑いもしなかった。
自分が障害者になるなんて思ってもいなかった。
だから、その時は読まなかった。僕が読んだのは数年後。

4~5年前、秋田県にも口筆で絵を描き、その絵に詩を添えて書く人がいると知った。
画風は星野さんと同じ。
「佐々木ひでを」さんという人で、その人もまた頚髄損傷。
その佐々木さんの展示会が大館のいとくショッピングセンターであり、昨日(11日)行ってきた。
ここ数年毎年行っていますが、何度観てもいいです。
そして今回、特に観たかったのが「アフリカン・マリーゴールド」という絵。
昨年のクリスマスのころ、佐々木さんが絵を描きあげていく内容の番組がNHKで放送されたのを見た。

手足が不自由な佐々木さんが絵を描くには、どうしても手助けしてくれる人が必要だ。
絵の具を絞ったり、バケツの水を取り替えたり、筆を洗ったり、、、
絵を描きあげるまで、付っきりでいてくれる人が。
それが同じ施設に入所する「やっちゃん」こと、安田一男さんという人だった。
二人は出会ってから24年にもなるという。

思いもしない怪我や病気により出会った二人だが、お互いを必要とし、相手のことを思いやり暮らす姿に、癒される思いだった。心に温かいものを感じた。何気に励まされた。
そして、その時の放送で、佐々木さんが描いたのが「アフリカン・マリーゴールド」。
もちろん、やっちゃんの手助けを得て。
やっちゃんへの感謝と二人の友情の証しとして。
佐々木さんが描いている間中、佐々木さんの傍らでじっと見守っているやっちゃんの姿が印象的だった。二人で一本のバナナを半分ずつ分け合って食べて、「うっめぇ~」というやっちゃんの笑顔も。
ちなみに、僕の職場でもある大館市の福祉センターにも、佐々木さんが描いた「ハチ公」の絵が飾ってあります。レプリカですが。

佐々木さんにしても星野さんにしても怪我する前は絵心はなく、怪我をしてから絵を描き始めたんだと思う。
キッカケは何にせよ、やってみようとする気持ちがすばらしいと思う。
口でしか筆を持つことができなかったから仕方ないじゃん、、、
そう言われればそれまでだが、その発想がすごいな。

なんて僕が言うのも変かぁ。。。
僕は筆はくわえないけど、口(歯)で缶ビールのタブを開けるし、ペットボトルのキャップも開ける。ワイシャツのボタンも外すぞ。
だから?
んで、絵を描く芸術的なことと一緒にすんなって言われそうですが、、、

まっ僕が言いたいのは、既存の常識や価値観にとらわれることはないぞ、ということです。
自分の思い、欲望のために突き進むべし。

それが一番。

今を楽しんでいきましょう。


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2014'04.15 (Tue)

仙台四郎さん

仙台四郎。。。
誰、それ?って感じですが、、、
実際に商売をして「商売繁盛」の願掛けをする人は知っている人も多いのでは。

僕が初めてその名前を耳にしたのは、3月の歓送迎会の後に行った店(飲み屋さん)でのこと。
その店の通りは建物も古く、バブル前のたたずまいで雰囲気はまさに昭和。
随分とさびれていて、ネオンが灯っている店も数件だけ。
休んでいるだけなのか店自体を閉めて(廃業)しまったのかわからないが、時代の流れを象徴しているようで寂しい限り。

僕が入った店はカウンターだけの狭い店。
先客が二人いたが、立って椅子をどかしてくれて僕の車いすを奥の方まで通してくれた。
お客さんにお礼を言って、まずはビール。
ママさんと乾杯。明るくて福よかで感じのいい人だ。
僕の席は店の中央、そんで僕の真ん前にはママさん。
僕の目線からママさんを見ると、そのママさんの頭のちょうど上に、写真立てに入った古びた写真が見える。なんか、そっちからも見られているようで気になる。
僕は僕で、二人と対面しているような感じだし。
写真の人は浴衣というか丹前姿で坊主頭、雰囲気そのものは裸の大将、山下清さんに似ている。

仙台四朗

席に着いたときから、その写真がずぅ~っと気になっていたので聞いた。
「ご家族の遺影ですか?」と。
するとママさん、よくぞ聞いてくれましたとばかりに話し始めた。
この人は仙台四郎さんと言って、、、、

・仙台藩の城下町仙台に、鉄砲鍛冶職人の家の4男として生まれた。
・彼には知的障がいがあり2説ある。生まれつきだという説と、7歳の時花火見物中に誤って広瀬川に転落して溺れて意識不明となり、それが元で知的障がいとなったという説。
・言葉は「バアヤン」などとしか話せなかったそうである。
・気ままに市中を歩き回るようになった。行く先々で食べ物や金品をもらったりしていたが、人に危害を及ぼすことはなく愛嬌のある風貌をしていたので、おおむね誰からも好かれた。
・子供が好きで、いつも機嫌よく笑っていたという。「四郎馬鹿(シロバカ)」などと陰口を叩かれることもあったが、不思議と彼が立ち寄る店は繁盛し人が集まるようになったため、「福の神だ」などと呼ばれてもてなされた。
・四郎は素直な性質であったが、気に入らない店には誘われても決して行かなかったという。
----------------- Wikipediaより
そしてママさん曰く、お客さんに「ママの曾々爺さん?」って聞かれることがあるそうです。
そう言えば似てるなぁ。。。あっ、失礼。(どっちに?)

商売繁盛、、、
仙台四郎さんが訪れた店は繁盛すると言われている。
でも、僕はちょっと違うんじゃないかなと思ってしまった。
店の持つ雰囲気や店主の人の良さに、純真な心の仙台四郎さんが引き寄せられて行ったのではないかな。
損得を抜きに、人に親切にするという店主の優しさ。
それがあったからこそ、店はお客さんに愛され、その結果、繁盛した。
仙台四郎さんが訪れた店は、繁盛する要因を初めから持ち合わせていた。
ただそれだけのことで、決して仙台四郎さんだけのお陰じゃないですよ。

その要因とは、人への親切や思いやりの心。
もちろん、笑顔や明るさもです。
仙台四郎さんじゃないですが、無愛想でムッとされるような所には誰も行きたくないですからね。
商売に限らず、人に親切に接する。
そんな生き方をしたいもんです。

きっと良いことが起こるはずだ。

だから~、損得は考えるなって。。。

ということで、↓どうぞ。
僕は涙が止まらなかった。。。






20:08  |   |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2013'03.30 (Sat)

堀江貴文氏の仮釈放

粉飾決算事件で懲役2年6カ月の実刑判決が確定し、服役していた旧ライブドアの堀江貴文元社長(40)が27日、収監先の長野刑務所から仮釈放された。
堀江元社長は、自社株の売却収入を売上高に含めて約53億円の粉飾をしたなどとして証券取引法(現・金融商品取引法)違反の罪に問われ、2011年5月に懲役2年6カ月の実刑が確定。同年6月に東京拘置所にいったん収監され、刑務所に移されていた。
--------------------------------
堀江氏が逮捕されたとき、テレビ局は拘置所までの護送を一部始終ライブ中継した。
ライブドアという新興企業に乗っ取られそうになったフジテレビが、堀江=悪という図式で国民感情を意図的に煽ったとか?
テレビが持つパワーはすごい。新聞やネットの活字では伝わらないものまで伝わる。
物事の本質まで見失わせることだってできる。使い方しだいでは、ほんとアブナイ。

んで、コメンテーター。。。
堀江氏は粉飾決算で株主を騙し損害を与えた。彼にとってカネは全て、カネのためなら何でもすると責め立てた。
確かに堀江氏も「人の心はカネで買える」と言っている。
それとは逆に、「いや、カネは全てじゃないぞ。幸せはカネじゃ買えないと」という人もいる。
確かに。。。

でも、世の中には一食に数万、数十万円もかける人もいる。その一方で、その一食を取ることができずに餓死する子どもたちがいる。水の感染症で1日1万人以上の子どもたちが死んでいる。
世界では毎日数万人もの子どもが飢えと感染症で命を落としている。
エイズの進行を防ぐ薬はあっても、それらを最も必要とするアフリカの貧村には届くことはない。

水も薬も世界中にあふれているのに、手に入れることができない人がいる。
カネがない人たちだ。つまり、カネがなければ生きることもできない。その言い換えが、「カネがあれば何でも買える」だ。嫌な言い方に聞こえるかもしれないが、でもそれが世界の真実。
堀江氏はそれを語ったに過ぎない。

堀江氏がこだわった時価総額世界一。
「時価総額=株価×発行株数」
時価総額は株価が高いほど、発行数が多いほど値は上がる。時価総額は企業買収では全てに優先する。時価総額にこだわるのはこのため。
元気のない日本。企業はもちろん、土地やビルまで海外資本に買いまくられている。
そんなとき現れたのが堀江氏だった。彼は世界に君臨する欧米企業に立ち向かおうとしたのかもしれない。本人にはその気がなくとも、僕にはそう思えた。
彼には常にやるかやられるかという、全てに全力をそそいだ潔さがあった。
日本人がとうの昔に失ってしまった心意気のような。
時代が彼のような人物を求めたのかもしれない。

仮釈放後の記者会見。
やつれた? 凛々しくなった? まっ、これが本来の姿なんでしょう。
んで、まだ40歳。十分やり直せる年齢だ。
「世の中にすばらしい技術があって、もっと普及すればもっと(世の中が)良くなるのに」というもどかしい気持ちを伝えていきたい。
この言葉が僕の印象に残った。

今後の堀江貴文氏に注目。

期待の意味を込めて。。。


13:35  |   |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2012'01.19 (Thu)

田中慎弥さん、芥川賞受賞

17日に発表された第146回芥川賞。
「共喰い」(すばる10月号)で田中慎弥さん(39)が受賞した。
この受賞だけで普通は十分話題になる。けど、田中さんはそれ以上に注目された。
それは、田中さんの歯に衣着せぬ言動。
それに見た目が目を引く。第一印象は、何か貧相。(失礼)
弱々しい人かなって、つい思ってしまう。

会見前にワインを2杯ほど飲んだとか。正面を見ないし、どこか変。酔ってる?
5度目でつかんだ栄光に「シャーリー・マクレーン(米女優の)が何度もアカデミー賞にノミネートされた末に取ったとき、『もらって当然』と言い放ったが、私もそういう感じ」ってな感じに、投げやりにひょうひょうと言ってのけた。すごい自信や。
さらに、「4回も落っことされて、断っておくのが礼儀だが、断って気の弱い委員の方が倒れたりしたら、都政が混乱するので。都知事閣下と東京都民各位のためにもらっておいてやる」と。
お~、大胆不敵。

まぁ、この発言は選考委員の石原慎太郎都知事が言った「バカみたいな作品ばっかり」への応酬というか当てつけだろうけど。
さらに、石原知事について聞かれると、「おじいちゃん新党を作ろうとしている。新党結成にいそしんでいただければ」とバッサリ。あんな怖そうなおじいちゃんに向かって。
でも、自分の作品をけなされたんじゃ誰でも頭にくる。息子をけなされてるようなもんだもんだから。
むか~し、石原さんが芥川賞を受賞した「太陽の季節」を読んだことがある。バカみたいだった。その時代の背景、世代の違いもあるんだよね。バカと思うには。
まっ、田中さんと石原さんのバトルがおもしろい。どちらも思ったことをガンガン言うタイブ。
ぜひ、この二人の直接対談なんか見たい。視聴率いいだろうな。

朝見たテレビ番組からの情報。
田中さんが生まれ育ったのは山口県下関市。20歳頃から小説を書き始めたという。以来、1日も休むことなく。
4歳で父を亡くし、今も母親と2人暮らし。高校を卒業してから一度も職に就いたことがないらしい。アルバイトも含め。ほんとかな?
ほんとなら引きこもり?ニート? 才能があって何よりです。
携帯やパソコンを持ったこともなく、原稿は全て手書きらしい。こだわり?

それにしてもこの田中慎弥さんの、あの自信はどこから来るんだろう。
自分自身と自分の才能を信じてるからか。

世間の常識なんてのは、波風立てずにぬるく生きてる人間が作ったもの。
やれ、あいつは変人だなんてのも、そちら側の人間から見た感覚。
所詮、そんなもの。
でも、たいがいの人は、その常識内で生きている。
田中さんは常識外を地で行っている。まるでレディ・ガガのように。
常識を気にしないというか、とらわれない人は強い。周りの目を気にしないから(見えないからかもしれないけど)。
いずれにせよ、しっかりと自分ってのを持っている。

だから、好きなことにまっすぐ、ひたすら我が道を行くことができると思うんだ。
目標に向かってどこまでも。
これが人間の強さだし自信。
田中さん本人は否定するかもしれないけど、僕はそう思う。

世間では田中さんの言動とか、あのキャラが受けている(本人にはそんな気はいないんだろうけど)。
僕は、世間や周りに同調しない田中さんのまっすぐな姿勢(強さ)が好きだな。

そして思ったんだ。
常識や世間、人の目を気にしすぎて何もしないなんてもったいないことだなって。
その時、自分がしたいことをして生きていきたい。自分の気持ちにまっすぐに。
後悔しない人生と、自分自身のために。

まぁ、何はともあれ、芥川賞受賞おめでとうございます。
「めでたくねぇよ」って言われそうだけど。。。

ありがとう、田中慎弥さん。


20:34  |   |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  ↑Top

2011'10.17 (Mon)

スティーブ・ジョブズ氏

「AppleⅡ」、アップル社が最初に開発したのがこのパソコン。
それまでのPCは文字しか表示できなかった。それをカラーグラフィックを可能にした。
記憶媒体も当時は音楽用テープにデータをセーブしていた。それをFDD(磁気ディスク)に保存をした。
ビジネスや趣味、音楽、CG、パソコンのこれからの可能性を確立した。
当時の人たちの夢をどれだけかき立てたことだろう。
AppleⅡを使えば何でもできるぞと。

パソコンの可能性を開き、パソコンそのものを生活の一部にしてくれた。
あの頃からソフトは比較にならないほど増えた。当時は50万円以上した価格も今は10万以下。小型化されスピードも桁が違いすぎるほど早くなり、性能もハイスペックになった。
あれから30年がも経った。
しかし、パソコンそのものは基本的には進歩していない。

そこに登場したのがアップル社のiPad。またまたやってくれた。
発想が根本的に違う。そして誰もが触れてみたくなる美しさ。AppleⅡのときのように、多くの人たちの夢をかき立てた。

スティーブ・ジョブズ氏の死が報じられたのが2011年10月5日。
TVではジョブズ氏の特集が組まれ、そのカリスマが讃えられていた。
でもどこか違和感を覚えるのは俺だけかな。
というのも、彼はTVやネットで称賛されるような発明家ではないし、カリスマ性にしてもごく最近のことだから。実際にAppleⅡを設計したのは、スティーブ・ウォズニアックという人物。
AppleⅡの成功は、スティーブ・ジョブズ氏のこだわりとスティーブ・ウォズニアック氏の技術があったからだ。

その後ジョブズ氏は追い出された形でアップル社を後にした。彼のカリスマは、その頃はまだ認められていない。
そしてその後、ジョブズ氏は「NeXT」を創業。そこでは一度も黒字をだすことなく失敗。
ジョブズ氏の再度の成功はアップル社に戻ってから。

ジョブズ氏の「こだわり」。
それは「美しさと使い勝手」への追求だと思う。そのこだわりへの揺るぎない信念が、新型Mac、iPod、iPhone、iPadを誕生させた。AppleⅡ以来、人々の心をとらえた瞬間だ。

カネがあっても、それだけじゃダメ。アップル社を追い出されてもNeXTで失敗しても、決して諦めない。その不屈の精神力と揺るぎない信念が、ジョブズ氏に成功と名声をもたらした。
諦めなければ必ず報われる。
ジョブズ氏の短い人生がそれを物語っている。

人生には浮き沈みがあり、どんな成功者でもダメな時は絶対にある。
そのダメな時に、自らがどう動くかで人生は大きく変わる。

人生の最後まで動き続けたジョブズ氏。
やっぱりすげぇ。

未来へはまだまだ可能性があることを示してくれた。

ジョブズさん、ありがとう。


20:25  |   |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  ↑Top
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